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遠藤直哉 医療 | 遠藤直哉氏の唱える新しい法運用

前回の続きです。今回もまた、刑事介入の問題点についてご紹介します。
遠藤直哉先生の著書「ソフトローによる医療改革」から引用します。

『平成になり、医療過誤の被害者は顕在化してきたものの、依然として民事裁判ではなかなか救済されませんでした。行政も医療過誤の多発を防止できなかったのです。(中略)被害者は行政や民事裁判に頼れず、警察に頼りました。警察は、弾圧の対象たる学生や労働者がいなくないたので、そのキバを医療従事者に向けました。(中略)経済は発展しても後進国並の国家システムが、今日に至るまで続いているのです。明治維新当時に作られた警察による恣意的な権力の支配が、人権を侵害し、社会混乱を引き起こしているのです。』

次回、医療に刑事介入することの打開策を遠藤直哉先生の著書より引用できればと思います。

遠藤直哉 医療 | 遠藤直哉氏の唱える新しい法運用

前回のブログでは、遠藤直哉先生の「医療事件を刑事罰で裁くこと
に対する論難をあげました。
今回は前回に引き続き、遠藤直哉先生の著書を参考に、医療事件の刑事介入の問題点を挙げていこうと思います。
 今回のブログでは、刑事罰をよりシンプルに考察するために、『なぜ刑事罰による解決が浸透しているのか』という話題について考えていきたいと思います。
 遠藤直哉先生の著書によると、まず何かしらの事件が起こった時に刑事罰を前提とした解決に走る体制は古来よりあったそうです。法制度が未熟な段階の古代から中世までは、秩序を維持するために刑事罰しかなかったそうなので、それが近代でも引き継がれたのではないでしょうか。
 日本とて例外ではなく、明治初期の時代、法制度を整備する近代化にあたり、警察を全国に配備し、警察の支配による政治体制を作り上げたにも関わらず、行政指導や民事裁判の発達は遅れ、民間団体の自主的、民主的な方法による支配も脆弱で警察中心による社会の法律支配が開始されたそうです。

 次回も引き続き、遠藤直哉先生の著書より司法についてご紹介できればと思います。

遠藤直哉 医療 |遠藤直哉氏の唱える新しい法運用

前回、弁護士の遠藤直哉先生の意見をご紹介しました。遠藤直哉先生は、医療事故を刑事罰で裁くことに反対の意見を示しています。
 今回も遠藤直哉先生の著書「ソフトローによる医療改革(幻冬舎)
より、前回の続きをご紹介します。

もちろん、実際に刑事罰で裁かれなければならない悪質な、故意に近い医療過誤や事件があることも確かでしょう。そして、警察も「悪質なものに限定しているのだ」と言っていると思います。にもかかわらず、刑事介入によって逮捕された医療関係者は結果として無罪になるというケースも見受けられます。(中略)しかも、最終的に無罪が確定してもすべてが丸く収まるわけではありません。一旦、刑事事件となってしまえば、メディアなどで大々的に取り上げられ、その教授や医師にとって先端医療や専門分野への復帰が難しくなってしまいます。

明らかな医療過誤は、相応の罰則を受けるべきだと思います。ですが、医療の刑事裁判の難しさ、メディアの過剰な報道に伴う弊害を考えると、医療事件に刑事罰を科すことに疑問を感じざるをえません。

遠藤直哉 医療 | 遠藤直哉氏の唱える新しい法運用

前回、遠藤直哉先生は、著書「ソフトローによる医療改革(幻冬舎)
から抜粋し、医療事故を刑事事件で裁くことに反対する遠藤直哉先生の意見を載せました。
今回はその続きになります。
また例により遠藤直哉先生の著書「ソフトローによる医療改革(幻冬舎)」より、抜粋します。

そもそも刑事罰とは、民事罰や行政罰と比較してはるかに重い制裁措置です。つまり、ここで取り上げる医療問題に限らず一般的に刑事罰は謙抑的であるべきなのです。なかでも、医療過誤への刑事罰は最小限の範囲にとどめなければなりません。なぜなら医療ミスが起きるたびに、担当した医師が逮捕されるかもしれないと恐れるならば、すべての医師たちが委縮してしまい、必要な治療をすることにさえ逡巡してしまうようになってしまうことは避けられないでしょう。

訴訟のリスクの高さが医療崩壊の誘因の1つであることは10年ほど前からすでに言われています。一刻も早い解決策が必要です。
 
次回も引き続き医療事件の問題点に関して考察していこうと思います。

遠藤直哉 医療 | 遠藤直哉氏の唱える新しい法運用

前回、日本の医療への対応策はあると書きました。日本の医療従事者が疲弊状態にある原因として挙げられることの1つに、訴訟リスクの高さがあります。弁護士の遠藤直哉先生は、著書「ソフトローによる医療改革(幻冬舎)」のなかで「医療事故は刑事事件で裁かれてはいけない
と主張しています。上記の主張が、医療従事者を訴訟リスクから救い、日本の医療崩壊の歯止めになるのでは、と思います。
今回は、遠藤直哉先生の著書「ソフトローによる医療改革(幻冬舎)
より、上記主張の論拠となる箇所を抜粋してご紹介いたします。

わたしは警察の出動を促し、医療分野の社会主義を守ろうという風潮に疑問を感じています。
 結論からいえば、刑事事件は一時的な予防にはなっても、決して長期的な改革を進めることにはなりません。刑事事件の捜査や取り締まりは、密行性を持ち、閉鎖的であるため、手続きの透明性に欠けるという大きな問題があるのです。すべての情報を公開し、多様な議論をオープンにすることもできず、積極的かつ前向きな改善を検討する場にもなりません。
 その一方で、医療事故で被害者やその家族が望むのは、原因の追究と救済、同様の事故が起きないようにする予防措置です。この点からも、医療行為の是非を検討するには、刑事手続きはふさわしくないといえるでしょう。



次回の更新で続きをご紹介します。
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